手記 - 子どもから教えられたこと
子どもから教えられたこと 中
@ オリコウサン息子は学校に行かなくなったあと、とあるフリースクールに
数ヶ月 入会していたことがあるのだが(実質行ったのは10回ほど)
スクールから帰宅した息子に、『おかえりなさい』でとどめておけば
いいものを、私は『(おかえりなさいの後に)今日はどうだった?』と
付け足してしまっていた。
息子は、『あー? 別にぃ』と返事をするだけ・・・。
私は何も言ってくれないことに対して、なんで? と思ったものだが、2・3回 こんな失敗をしでかした後、
真実は、相手を責めて(相手を)見るのではなく、自身を観つめないと何も見えないんだ!ということを
思い出し、捉え直してみれば、それは私がホッと安心できるよう、話しをして欲しかっただけだったことに
気づいた。
それ以降は、『おかえりなさい』でとどめた。 すると、直後のときあり、晩ご飯のときあり、
数日後のときありで、息子自身が話したくなったとき(聞いてもらいたくなったとき)息子の方から
『あんなぁ~』と言って話しだした。
私はこのとき、自分を恥じた。 そして息子から学んだ。
私は “待つ” が出来ない親だった。 子どもより、まずは “自分” だった。
いつもの口癖、『暇やぁー暇やー』と言う息子に、その日 私は、「そんなに暇ならスクールに
行けばいいのに」と思っている内心の声をグッと堪えて、ただ、息子の暇や!に共感するフリを
していた。(そうです。 情けない話だけど、この頃はまだ フリだったんです)
これについても懲りずに失敗をしていて、この日初めて、あれは? これは? と口出ししそうになるのを
ジッと我慢できた。 すると息子は考えた。「今、自分は何がしたいのか」 を。
で、考えること6時間後、『○○の古本屋に行ってくるから 道おしえて』と言って家を出た。
後になって振りかえると、この日の出来事が、私と息子を大きく変えた。
この日私たちは初めて、その行為をしていると取りあえずは安心するもの (息子の場合だと
ゲームとかTVとか。 一般的には勉強かな?)ではなく、そんなコピー人間に振り回されないで、
今、自分が本当にしたいことを自分が考えないと、「本当の自分」は、次には進めないんだ!!
ってことを体で知った。
古本屋から帰宅するなり息子は、『あそこの古本屋、8巻がないから (コミック本)
8巻のある店 探さな』と言って PCにむかった。 翌日は小雨が降っていた。
が、 起きてくるなり、自転車で片道1時間以上かかる店舗へ 8巻を立ち読みしに行った。
今日はあそこ、明日は何処しながら、42巻全巻を彼は読み終えた。
息子は小遣いをいっさい使わないで済むよう、自分でおにぎりを作り、飲み物も持ち、
PCで店舗を調べ、地図を開き、自宅からA店までが (自転車で)約30分かかることから、
なら、B店へ行くには いくらの時間を要するのか、その所要時間を知る術も得た。
私はB店までどれぐらいかかるか、凡そは知っていた。 しかし教えなかった。
見事なほど何も言わなかった。『雨ふってるから傘もって行きやぁ~』の、傘を持って行きやぁ~は
おろか、雨が降っていることすら教えなかった。 彼は自分で天気や天気予報を見るようになった。
また、ある日 びしょ濡れになって帰って来た息子に、『あほやなぁ~ ○○すればよかったのにぃ』とか、
『風邪ひくから早よ着替え!』とかの干渉(評価)は言わず、『うわぁ~ 災難やったなぁ~ 辛かったなぁ~』と言った。
そしたら、そうやねん聞いて!聞いて!!と言わんばかりに息子は、あーやってん、こーやってんと話し、
『ちょー待って! (まだいっぱい聞いて欲しいことはあるが)取りあえずシャワー浴びて服 着替えるわ!』と言って自ら風呂場へ行った。
このとき私は、これまで如何に子どもを侮辱し、支配し、管理していたか、ズシッと教えられた。 痛かったぁ…
以降、息子は息子で、雲の具合、風、湿度、そういったもので、雨が近いのも体でわかるように
なった。(意識するようになった) それらに応じて、着ていく服も選んではった。
タオルとナイロン袋がいかに役立つかの知恵も得はった。 他にも数えきれないたくさんの学びを
彼は得たことだろう。
古本屋へ通うための、この一連の彼の行動をみてて、
“すべては自らの好奇心(関心)から学びは始まる” ということを私は深く知った。
当事者ではない私が子ども自身の人生の領域に入り込み、ああしろ、こうしろと意見を述べたり、
指図してしまう干渉は、本人が考えなければならないこと、本人が判断し、決断しなければならないこと、
それらの能力を奪い去り、すべての学びのチャンスを妨害してしまう。
私はこのときを境に、子どもたちから求められない限りは、
何も教えない、何も与えない、何も求めない、に徹してきた。(たくさんの失敗をしながらですが…)
助けないことが助けることなんだと教えられたから。助けている限り(干渉している限り)自律性は育たないと教えられたから。
何らかの形で中途半端に子どもを手伝っている限り、子どもは親に頼り続け、自分から動き出そうとは
しない。また、どこかで子どもがつまずいたとしても、そのときでさえ、いや、そんなときこそ
子を想う親の気持ちとしては どんなに痛みが伴っても助けないで、子ども自身がそれを乗り越えていかないと自立はできない。
自立は、子どもが成長していく日々の中で、
親と子の依存関係を徐々に薄くしていくことで(口出し、手出ししない)成し遂げられていくものであって、
ハイ今日から自立! なんていうラインはないのでは? 収入を得ているとか、親元を離れて暮らしていれば それで自立! というものではないと思う。
親は自分の考えや想いを押し付けようと躍起になって、そっちにエネルギーを注ぐけれど、
それは真の愛ではない。
「そのとき子どもが求めているものを理解できる能力」を常にスタンバイOKにしておくことにエネルギーを
使い、でもって、ただ、あるがままの姿 (感情や欲求や)を受け止めてあげる。
これがほんとうの “愛する” ということなのでは?
子どもにとって一番辛いのは、親に理解されないとき。
あるがままの自分では 関心を持たれないとき。
あの頃、心の中で思っていた 「そんなに暇ならスクールに行けばいいのに」の私の想い。
あれは、 “行けばいいのに…” ではなく、 “行って欲しい!” という親の我欲に過ぎなかった。
やんわりと干渉してスクールに行くよう誘導していたら (本心は強制したいとこだが、命令的に言わないだけで、やってることは支配) あの日の学びとは出会えなかった。
その年の9月から、まる1ヵ月と2日、息子は風呂に入らなかって、私は私で、
『気持ち悪くないのぉ?』とか、『ええ加減、風呂に入れば?』とか、『病気になるでぇ』とかとか
とにかくいっさい何も言わなくって、そしたら33日後、かゆくなって風呂に入りたくなったらしく
自分でお風呂を洗って(初体験)湯をいれて入ってた。
で、入浴後の湯に浮く垢をみて、驚いたってさ。 見たかったなぁ…(笑
入浴後の風呂洗いもしてあったから(人生2度目の体験ってか) 残念 無念 また今度。(笑笑
が、その日以来、家族の誰よりも こまめに風呂に入ってはる。 風呂洗いも今では数えきれない。
『風呂入りやぁ~』ってゆう干渉は我が家から消えた。聞こえてくるのは『風呂入ってくるわ』
子どもたちの部屋の掃除もいっさいしない。 床にゴミが落ちてあっても、何も言わないけど、
ゴミ箱に入れてもやらない。 汚く感じるのは私の価値観だからね。
するとね、これまた結構 こまめに掃除機の音が聞こえてくる。
以前なら親が言わなきゃ何も出来ない(しない)から、だから言って教えなきゃ…発想だったけど
『汚い』とか、『ちっとは片付ければ?』なんて言いながら、結局は私がしていた。
おかしな話だよね。 これじゃぁ、「どうせお母さんがしてくれる」って子どもが思うのは
あたりまえなのにさ。 親が、自由と責任を履き違わせてどうすんのよ! ってね。
娘が暑がりなのか、私 (達)が寒がりなのか。それはさておき、彼女は冬でも裸。
家んなかや、学校 (デモクラティックスクール)や、その他 彼女自身の判断で服を脱いでもいいと
思いはる場所では、彼女のファッションは トランクス1枚。 (女の子用の下着のパンツは窮屈で
キライなんだって)
『女の子でしょ。ちゃんとして!』んな干渉は、娘に「自由」はもとより、「性」に対してまでも
抑圧をかける。しからば口出しは『風邪ひくよ~』にしとこうか? いやいや、それもダメでしょう
第一、彼女には通じない。 だって風邪ひかないんだもん。
自分の本能にまかせて何を着るか自由な子は、それをさせてもらえない子より病気にならない
というのは、これまたガセではなかったな。
自我まるだしのめがねや、損得計りのめがねを掛けて、自分の立場から物事を見ちゃうから、
“善か 悪か” になってしまうけど、自分の怒りや不安を解消するため用のめがねは外さないと、
真実(「あるがままの自分」も、「あるがままの子ども」も)は、何も見えないまま。
私はそんなめがねを掛けていたから、ていうか、そんなエゴめがねを掛けていたこと自体 気づかず
にいて、数々の干渉をして、子ども自身の育ちの芽を、踏みつぶしてきていた。
あなたのため!! なんて言ってるけど、本当は、すべて自分のため!!
干渉しているときって、自分は悪いことしているとは思っていないんだよな。
自分は、世間の目なんて、気にしていない人間だと思っちゃってたしな。
だから厄介!! 干渉は! 評価は!!
給食袋を忘れていってるのをみつけて、学校まで届けたことがあった。
子どもはなんら気にしていないのに(汚れを)週末ごとに持って帰ってくる(こさされる)上靴を
必ず洗ってもいたな。 で、乾けば、上靴袋に入れて、週明け 忘れないように ランドセルの横に
置いといてやってさ。 子どもは、『別に汚れてへんから洗わんでえーでぇ』 と言っていたが、
それが 親の役目だと思っていた。
でも違うかった。 子どもの言う通りだった。
学校に対して、いい親 ・ ちゃんとした親! と思われたいため。
先生にどう思われるか、自分への評価を気にしていたからだった。
「学校」で思い出した。
子どもが、なんとなくの生き方ではなく、自分の生を生きだし、
私もそのことがわかるようになっての頃の話なんだけど
学校からはそれでもお誘いの電話がよくきて、で、電話を切るとき、私は最後その度、
『どうもすいません』と言って頭を下げていた(んだって。意識してなかったから自分では
気づかなかった) で、子どもに言われた。
『悪いことしてないのに、なんでいっつも謝るの?』ってね。この一言は ありがたい指摘だった。
こういった場面で 親は知らず々のうちに、子どもを傷つけ、劣等感や罪悪感を与える。
なぜって? 自分(親)のメンツですよ。
自立に向けて徐々に親への依存心をうすめていかなきゃいけないのに、
反対に後退させて(依存心を高める)いることを教えられた。 と同時に、以後、
“ことば” の大切さを知り、使い方を意識する習慣をつけようとしたキッカケにもなった。
(話し戻して) 普段もそうだったが、特に参観日の日は、子どもが着る服にこだわった。
夏休みの宿題の絵日記にも口を挟んだことがある。
あそこにも行った、ここにも行った、すっごく豪華なホテルにも泊まった。 なのに絵日記には、
「おばあちゃんからもらったスイカを食べました。 ・・・おいしかったです」ってか。
そりゃぁないだろ!と思い、さりげな~く さりげな~く、『あそこの豪華なホテル良かったよねぇ~
ほらほらあんときの…』 あくまで “豪華” を強調したい母。 “豪華” が抜けるとおもしろくないのだ。
はっきりと、そのことを書いて(描いて)欲しい! とは決して言わず、
あたかも子ども自らが描きたくなったかのように、巧妙な話術で操作する。
(このやり方が、【勉強】の項で記した 「ハードにしろソフトにしろ」 のソフトさ)
だが、子どもはピシャリと言った。 『これでええねん!!』 これまた子どもの言う通り。
もし、夏休み明けの参観に合わせて教室の後に貼られることもなく、提出すらしなくていい代物
だったなら・・・ 他の親御さんからどう思われたいのか・・・ 醜い親の見栄でした。
この絵日記事件(?)ひとつとってみても、私は大きな過ちを犯していた。
干渉は、ハード (あからさまに命令的に強制して従わすやり方)より、ソフトの方が、
より有害で性質 (たち)悪い。 子どもに気づかれないように操縦して、親の価値観をまんまと洗脳させ、
親が好む色にしちゃうんだから。
「教育」の名を借りて、その実態は「飼育」だ。オリコウサンに座っているだけの人形。
ゥン???も、考える力も、判断する力も、反発という行為によって自分を建設する力すらも
失わせていってしまう。 ピシャリと言われ、勧誘作戦 失敗に終わったからよかったものの、
これじゃあ 国家や どこかの宗教世界となんらかわらない。
子どもを、一個の人格をもつ、一個の人間として尊重し、個性を生かし、主体的に、というのであれば
自由を制限することなく、それは完全なる無制限でなくちゃいけなかった。
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