のらねこ おもうこと
自由な瞬間が表現を伸ばす
紙に一筆書きで おもうがままに ぐるぐると丸を描いて子どもが遊んでいるとします。
母親が 『それはなに?』 と訊ねると、しばらく考えて 『りんご』 と答えたとしましょう。
(幼少児は○○を描こうとおもって描いているのではないので、この問いかけはナンセンスですが)
@ これはりんご?母親は、『あら、りんごはこうよ』 と言い、そして、ご親切に
りんごに見えるりんごを描いて 「正しさ」 を教えます。
大人がもつ 「不安」 が顔をだす瞬間です。
そこには、「それはりんごではありません。あなたは間違っています」 というメッセージが潜みます。
この子どもは次からは、りんごに見えるりんごを描こうとしてしまうでしょう。大好きな母親に誉めてもらえるモノを描こうとするでしょう。
絵だけの話ではありません。
自由な瞬間が表現を伸ばします。
自分を生きる力は、個の自由が尊厳されて成熟していくのです。
天職を生きていた子どもは、日常の何気ない小さな一場面々で、親が所有している潜在的怖れを
受け継がされ、少しずつ少しずつ “自分” を見失っていきます。ピカソが描く、どっからどう見ても
そうは見えない りんごの絵には、 『素晴らしい作品だわ』 と言える かつてのコドモに。
@ 生き生き、伸び伸び、健やかに親たち大人が、子どもに、善悪の観念を一切押し付けないで、
学ぶもの・学ぶ方法やタイミングをも一切否定も指図も干渉もしないで、個々異なって持つ自己を、自由に表現することを受容できれば、子どもは何にも怯えることなく、自分が “自分” を、自分で育てて
いきます。 生き生き、伸び伸び、健やかに。
子育てとは、
己(親)育て・子(個)育ち だとおもっています。
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